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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)155号 判決

原告

広瀬厚

右訴訟代理人弁護士

塚田秀男

被告

東京都知事鈴木俊一

右指定代理人

友澤秀孝

吉田博明

中村次良

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五三年二月三日付けでした「辞職を承認する(退職手当額一〇〇分の六〇とする)」との処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告の職員で、昭和五〇年八月から昭和五三年二月三日までの間、東京都中央卸売市場足立市場(以下「足立市場」という。)業務課農産品係長として、同市場の青果部の取扱品目に関し、卸売業者、仲卸売業者及び売買参加者等の取引の指導、監督に関する業務並びに販売開始時刻以前の卸売許可に関する事務等の職務に従事していたものである。

2  被告は、原告に対し、昭和五三年二月三日、非違勧奨による退職願を提出させて、「辞職を承認する(退職手当額一〇〇分の六〇とする)」との処分(以下「本件処分」という。)をした。原告は、東京都人事委員会に対して不利益処分に関する不服申立てをしたが、昭和五七年七月七日付けで本件不服申立てを棄却するとの裁決があり、その裁決書は同月三〇日原告に送達された。

3  しかし、原告は、次のとおり被告によって強制されて右退職願を作成したものであり、右退職の意思表示は原告の自由な意思に基づくものではないから無効のものである。仮に、右退職の意思表示が無効とまではいえないとしても、少なくとも被告の強迫によるものとして取り消し得べきものである。そこで、原告は、被告に対し、昭和五三年三月三一日付けの書面で退職の意思表示を取り消す旨通知し、同書面は同年四月一一日被告に到達した。このように原告の退職の意思表示は無効あるいは取り消されたものであるから、これを基礎としてされた本件処分は違法であって取り消されるべきものである。

(一) 昭和五三年二月三日、原告は、足立市場長から、突然何らの説明もなく、午後二時に中央卸売市場築地市場会議室へ印鑑持参の上出頭することを命じられた。原告が指定されたとおり出頭すると、被告の中央卸売市場管理部長である石塚輝雄は、庶務課長や人事係長を列席させて、原告に対し「即時退職願を書け、書かなければ懲戒免職処分書を交付する。」旨申し向けた。原告はこれに対して処分の理由を明らかにするよう述べたが、何らその説明をすることなく、また、原告が時間的猶予や家族等との電話連絡を申し出たのにこれを拒否して、その場で直ちに退職願を書くよう強制した。

(二) 被告がこのような措置に出たのは、被告が本訴において懲戒免職に相当するとして主張する処分の理由があいまいな証拠のみに基づくものであって、これをもとに原告を処分した場合には後日これが紛争となることをおそれたため、原告に時間的余裕を与えることなく退職願を提出させさえすれば争われることもないであろうとの意図によるものである。このことは、原告の所属長で元監察員であった伊東都輝男足立市場長が、何らの処分を受けることもなく、原告の処分が決定される前に退職していることからしても明らかである。

(三) 以上のような事情の下に原告は正常な判断力を欠いた状態で退職願を書くことを強制されたが、この退職願の文言は被告が予め用意した内容と同じものをそのとおりに書かされたもので、原告の押印した印影も三か所に押されるなど、極めて不自然なものとなっているのである。

4  仮に、原告の退職の意思表示が無効又は取り消し得べきものではないとしても、被告は、原告に懲戒免職処分をするのを相当とする非違行為があることを前提として原告に退職の勧奨を行って退職願を提出させ、これに基づき辞職の承認と退職手当額の減額支給の処分をしたものであるところ、原告には懲戒免職処分に相当するような非違行為はないのであるから、本件処分のうちの退職手当額一〇〇分の六〇とするとの部分については処分の理由がなく違法なものというべきである。

5  よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求め、仮に本件処分全部の取消しが認められないとしても本件処分のうち退職手当額に関する処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。同3のうち、原告がその主張の日に退職の意思表示を取り消す旨の意思表示をしてこれが被告に到達したことは認めるが、その余は否認する。同4の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告の非違行為

原告は、次のような服務規律に違反する行為をした。

(一) 原告は、昭和五二年九月末日ころ足立市場において卸売り又は仲卸しの業務を行っていた卸売業者及び仲卸業者(以下「足立市場の卸売業者」又は「足立市場の仲卸業者」という。)二六名が提出し、同市場業務課長秋山求が決裁手続のため保管していた東京都知事に対する「区域外転送のための買受許可申請書」等合計二六通を、同課長の事務用机の引出しからひそかに持ち出し、これを破棄した(以下「処分理由(一)」という。)。

(二) 原告は、昭和五一年秋及び暮ころ、その職務上指導、監督する立場にある足立市場の卸売業者等から、同市場の職員の旅行会等への寄付名義で、二回にわたり合計金一三万円の金銭を収受した(以下「処分理由(二)」という。)。

(三) 原告は、昭和五二年六月、足立市場の仲卸業者である株式会社文松の専務取締役江頭清昌から、同社の取引金融機関である足立綜合信用組合の紹介を受け、右江頭を保証人として、同信用組合から三〇〇万円の融資を受けた(以下「処分理由(三)」という。)。

(四) 原告は、昭和五〇年から昭和五二年までの間、足立市場の仲卸業者等から七回に及ぶ飲食等の接待を受けた(以下「処分理由(四)」という。)。

(五) 原告は、昭和五〇年から昭和五二年までの間、足立市場の卸売業者等からゴルフの接待五回(うち二回は費用の一部を原告が負担した。)を受けた(以下「処分理由(五)」という。)。

2  本件処分について

原告のこれら服務規律違反行為のうち、処分理由(一)の行為は地方公務員法三二条及び三三条に、同(二)ないし(五)の行為は同法三三条にそれぞれ違反するものである。そこで、被告は、地方公務員としての職責とこれらの行為の非違の程度に鑑み、同法二九条一項一号及び三号の規定により原告を懲戒免職処分とするのを相当と認めたが、諸般の事情を考慮して、本人から退職の申し出がされるならば懲戒免職に処さない旨を告げて退職の勧奨を行い、これに応じて退職の申し出がされたときには退職の承認をし、退職手当を減額支給する(いわゆる諭旨退職)こととする旨を決定した。

そこで、中央卸売市場の石塚管理部長は、昭和五三年二月三日、原告に対して以上のような決定がされた旨を説明し、退職願の提出の意思の有無を確認したところ、原告が任意に退職願を提出したので被告はこれを受理して本件処分を行った。

よって、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1について

(一)の事実は認めるが、原告の行動には斟酌されるべき事実がある。すなわち、東京都中央卸売市場条例によると、卸売業者は卸売りの開始時刻以前に卸売りをしてはならないこととされ、その例外として区域外転送のための卸売りをすることの許可がされた仲卸業者等に対し卸売りをする場合には、右の禁止が解除されることとなっていたところ、右の許可を受けない売買参加者等に対し卸売りの開始時刻以前に卸売りをするという違法な市場取引が恒常化しており、行政指導によってはその適正を維持することが困難な状態となっていた。そこで、原告は、右許可の運用について、決裁権者である上司の秋山求業務課長らとともに、これを適正化するよう努力していたものであるが、昭和五二年度(昭和五二年四月一日から同五三年三月三一日まで)における右許可の取扱いについては、昭和五二年三月中に右許可の申請書が提出されていたにもかかわらず、秋山業務課長は、当該申請書の処理を同年九月まで六か月もの間放置したうえ、一部の市場関係者の圧力に屈して不当な決定をすることとした。原告は、これに対する抗議のために右申請書を破棄したものである。しかも原告が破棄した文書は、許可がなくても毎日違法な取引がされているという状況の下で、形式的に提出されるものにすぎず、これには日付等の記入がなく、かつ虚偽の内容が記載されているにすぎないものであった。

(二)の事実は否認する。原告は、慣例に従い足立市場の職員旅行会の寄付として東京千住青果株式会社及び東京丸生青果株式会社から各三万円、丸太青果物商業協同組合から一万円の合計七万円を旅行会幹事の代わりに受領したにすぎず、これらは受領後直ちに右幹事に交付した。

(三)の事実は否認する。原告は知人から合計金三〇〇万円の手形の割引方を依頼されたので、その割引先の紹介を江頭に依頼したにすぎず、江頭に対して保証人となることを依頼したことはない。

(四)及び(五)の事実中、原告が足立市場の仲卸業者等と飲食を七回、ゴルフを五回したことは認めるが、それが業者の接待であることは否認する。飲食やゴルフは、互いにおごりあう個人的な付き合い程度のもので、金額も少なく、社会的交際の範囲内であって接待というべき程のものではない。また、飲食のうち一回はゴルフの際のものでこれを各別の処分理由とする程のものではない。

2  被告の主張2について

被告の主張する処分理由(一)ないし(五)の行為が地方公務員法に違反することは争う。被告が原告について懲戒免職処分とするのが相当であるが、原告から退職の申し出があればこれを承認し退職手当を減額支給することとする旨を決定したことは知らない。原告が任意に退職願を提出したことは否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(原告の地位、職務)及び2(本件処分の存在)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の非違行為について

1  処分理由(一)について

(一)  原告が、昭和五二年九月末ころ、足立市場の仲卸業者等二六名が提出し、秋山業務課長が決裁手続のため保管していた東京都知事に対する「区域外転送のための買受許可申請書」等(以下「本件文書」という。)合計二六通を、同課長の事務用机の引出しからひそかに持ち出しこれを破棄したことは当事者間に争いがない。

これについて、原告は、区域外転送のための買受許可の運用の適正化のために努力していたのに、秋山課長は右申請書の処理を長期間放置したうえ、一部の市場関係者の圧力に屈して不当な決定をすることとしたので、これに対し抗議をするために右のような行動に出たものであり、また、本件文書は形式的なものにすぎないと主張している。そこで、検討すると、(証拠略)によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(1) 原告の勤務していた足立市場は、東京都中央卸売市場(以下、「中央卸売市場」という。)に属する一市場であって、水産物及び青果を取り扱っている。中央卸売市場の業務運営等については、生鮮食料品の円滑な供給を確保し、都民の消費生活の安定に資することを目的として、東京都中央卸売市場条例が定められている。同条例によると、卸売業者が中央卸売市場において行う卸売りについては原則として、せり売り又は入札の方法によらなければならず、かつ、知事の定める販売開始時刻以前に卸売りすることは禁止されている。しかし、例外的に、中央卸売市場の卸売業者が中央卸売市場の開設区域外の卸売市場の卸売業者又はその者に出荷する中央卸売市場の仲卸業者に対して卸売りをする場合には、知事の許可(以下「区域外転送のための卸売許可」という。)を得て、販売開始時刻以前に卸売りをすることを認めており、この場合には、せり売り又は入札の方法によらずに相対売り又は定価売りの方法によることが許されている(以下このように卸売開始時刻以前に卸売りを受けることを「先取り」という。)。区域外転送のための卸売許可は、卸売りの相手方を明示して行うこととされている(以上については、東京都中央卸売市場条例四六条一項、五八条、五九条参照)。この許可は、一年ごとに四月一日から翌年三月三一日までの期間を定めて行うものとされ、この取扱方針については、中央卸売市場における許可の要項及びこれを受けて足立市場で作成した実施要領(以下、右両者をあわせて「実施要領」という。)が定められている。これによると、区域外転送のための卸売許可をすることができるのは同品目、同荷口、同等級ごとに入荷量の三〇パーセント以内とすること、同条例では規定がされていない売買参加者に対する区域外転送のための卸売許可は、同条例施行以前に許可されていた者を除き新規には許可しないものとされていた。なお、この区域外転送のための卸売許可の決裁権は、足立市場においては原告直属の上司にあたる秋山業務課長に内部委任されていた。

ところで、販売開始時刻以前にせり売り又は入札の方法によらずに卸売りされた品物は区域外に転送しなければならないのであるけれども、仲卸業者の中には、先取りした品物を区域外転送をすることなく販売する者も生じるようになった。そして、足立市場においては、販売開始時刻以前の卸売りについて、区域外転送をしない場合や取扱量の規制枠を超えることが日常的に行われており、これに対する東京都の指導監督も不十分なままに、毎年度卸売業者及び仲卸業者に対する区域外転送のための卸売許可がされていたため、許可のない売買参加者までもが、事実上先取り行為をすることが常態化していた。

(2) 原告はこのような市場取引の実情にかんがみ、まず、無許可で先取り行為を行っている売買参加者に対して新規に許可を与えた上でこれを東京都の規制の下におくこととし、他方、現実に区域外転送を行っていない仲卸業者については許可の取消しを行い、これによって足立市場の取引の正常化を図ろうと考えるに至った。そこで、原告は、昭和五二年三月一日に行われた足立市場の臨時取引改善委員会の席上において、上司である秋山業務課長や伊東都輝男足立市場長の了承を得ないまま、昭和五二年度の区域外転送のための卸売許可については、従前許可を受けていた者のほか新規の売買参加者についてもこれを認めるので申請書を提出するようにとの発言をした。これに応じて八名の売買参加者から新規の許可申請がされた。

(3) 原告のこのような突然の発言に対しては、実施要領に反していること、足立市場の約一一〇〇名にものぼる売買参加者中一部の者に対してだけ許可を与えると、許可を受けない売買参加者との利害の対立が生じること、自己の職域が侵されることとなる仲卸業者からの反発が予想されて市場運営が困難となるおそれがあること、これまで無許可の先取り行為をしていた売買参加者に許可を与えることは違法行為を追認することであって行政のとるべき方策ではなく、むしろ違法行為を是正していくのが本来の行政のあり方であること、このような新規許可をすると以後同様の事例に対しての有効な歯止めがなくなることなどから、原告を除く農産品係の全員が反対であった。しかし、右発言が公式の取引改善委員会の席上で担当係長である原告によってされたものであるところから、これを一概に否定することもできず、秋山業務課長はこの対応に苦慮するところとなり、伊東場長や中央卸売市場の農産品係長とも協議の上、新規の売買参加者については、足立市場の卸売業者、仲卸業者、売買参加者ら関係者全体の合意が得られることを前提として、この合意が得られる限りで認めていくとの対応をすることとした。そこで、秋山業務課長は、昭和五二年四月以降同年九月始めまでの間、足立市場の取引改善委員会、足立市場業務運営委員会、同委員会により設置された私的諮問委員会等の場において市場関係者全員の合意を得るべく努力したが、申請のあった八名の売買参加者のうち一部の者について許可を与えることに強い反対意見が出されるなどして、結局関係者全員の合意を得るに至らなかった。

(4) そこで、秋山業務課長は、原告の発言に端を発した売買参加者に対する新規の区域外転送のための卸売許可については、市場関係者全体の合意が得られるのであれば許可するとの方針で対処してきたが、結果的にその合意は得られなかったため、新規に許可申請のあった八名の売買参加者については全員許可をしないこととする旨決した。また、許可を受けながら実際には区域外転送をしていない仲卸業者については、原告は許可をすべきではないとの強い意見を有していたが、秋山業務課長は、何ら事前の警告なく年度内にいきなり許可をしないとすると市場内に混乱が生ずるので、来年度以降は現実に区域外転送をしていない者に対しては許可をしない旨の警告を与えたうえ、本年度は従前どおり許可を行うこととする旨決した。そして、秋山業務課長は、以上の方針を、昭和五二年九月一四日に農産品係の職員に伝えたところ、原告をはじめ他の係員からも格別の異論は出されなかった。

(5) 原告は、秋山業務課長のこのような取扱方針の決定に対して、これまで足立市場の取引正常化に向けて努力してきたことが徒労に帰したものと感じ、前記のとおり仲卸業者等から許可を受けるため提出されていた本件文書を秋山業務課長の机の引出しから持ち出し、これを破ったうえ国鉄の吉祥寺駅のホームのくずかごに投げ棄てた。

(二)  以上の事実によれば、原告は、上司である秋山業務課長が区域外転送のための卸売許可に関して決した取扱方針に従うことなく、同課長の保管する公用文書である本件文書を持ち出し破棄したもので、公務員として到底是認されるものではないし、また、行政庁において保管される文書の管理に対して住民等から寄せられる信頼を損ない、文書主義を原則とする行政の根幹を揺がすものであって、その責任は重大というほかなく、地方公務員法三二条及び三三条に違反し、同法二九条一項一号及び三号に該当することは明らかであるといわなければならない。

これに対して、原告は、足立市場の取引正常化に向けて原告が努力をしていたのに、秋山業務課長が具体的な方針決定をせずに放置し、遂には一部の業者の反対により原告の努力を徒労に帰すような決定をしたもので、原告が本件文書を破棄するに至ったことについては、このような事情をも斟酌して処分を決すべきものである旨主張する。右に認定した区域外転送のための卸売許可をめぐる一連の事実からすると、原告が足立市場の取引の正常化のため原告なりに努力していたことについてはそれなりに評価すべきものではあるが、右許可に関する決定が混乱、遅延したことについては、十分な事前の打ち合わせもなく、取引改善委員会の席上突然実施要領にも反する売買参加者に対する新規の許可を認める旨の発言をした原告にも重大な責任があるというべきである。しかも上司である決裁権者が下した決定には、たとい反対の意見を持っていたとしても、これに従うべきことは公務員として当然の義務であって、自己の意見が採用されなかったからといって、行政庁の保管にかかる文書を持ち出し破棄するということは到底許されるものではなく、原告の責任は原告の主張するような事情があるからといって決して軽減されるものではないといわなければならない。

更に、原告は、本件文書は未完成で虚偽内容を含み単に形式的に提出されていたものにすぎず、取引の実態はこのような文書の提出及び許可の有無にかかわらず毎日違法な取引が行なわれていたのであるから、このような事情もまた斟酌されるべきである旨主張する。しかし、本件文書は区域外転送のための卸売りに関する許可申請書であり、右許可についての必要不可欠な文書であって、原告の主張するような形式的なものということは到底できないから、原告の主張は失当である。

2  処分理由(二)について

(一)  原告が、昭和五一年秋に、その職務上指導監督する立場にある東京千住青果株式会社及び東京丸生青果株式会社から各三万円、丸太青果物商業協同組合から一万円の合計七万円を足立市場の職員旅行会への寄付金として受領したことは、原告の自認するところである。また、(証拠略)によれば、原告は、右旅行会に際して足立市場の仲卸業者平井産業株式会社の代表取締役である平井晃からも三万円を受領したこと、原告は右合計一〇万円を旅行会の幹事に対して交付したこと及び同年暮に農産品係の職員による忘年会を東京千住青果株式会社取締役部長上橋英夫の紹介で浅草の「三角」という店で行ったが、その際同人から忘年会の費用として原告が三万円を受領したことが認められる。被告は、これに対して、原告が旅行会の寄付として受領した一〇万円は旅行会幹事に交付することなく自ら着服した旨を主張し、(証拠略)には、これにそう部分もあるが、他方、(証拠略)によると、旅行会については市場関係者からの寄付が慣例のように行われていたことや昭和五一年の旅行会終了後、旅行会幹事の木村隆が原告とともに土産品を携えて東京丸生青果株式会社を訪れていることが認められ、これらの事実に照らすと、被告の主張にそう右各証拠は信用することができず、他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  以上の事実によれば、原告は、自らその業務を指導監督すべき立場にある卸売業者等から旅行会や忘年会の寄付金を受けとったものであって、その職務の公正に対する住民及び市場関係者の信頼を著しく損ない、職の信用を傷つけたものというほかはないから、地方公務員法三三条に違反し同法二九条一項一号及び三号に該当するものというべきである。もっとも、原告は、旅行会関係の一〇万円については、これを旅行会幹事に交付しており、また、忘年会関係の三万円も農産品係全体として費消していて、個人的に費消したものでないこと、及び、このような寄付が市場関係者から慣例のように行われていたことを考えると、ひとり原告にのみその責任を負わせることもいささか酷といわなければならないから、原告の処分をするに当たっては、このような事情も考慮に入れて決せられるべきものといわなければならない。

3  処分理由(三)について

(一)  (証拠略)によれば、原告は、昭和五二年六月ころ、自己の所持していた額面各一〇〇万円の約束手形三通を割引いて資金を得る必要があったが、これまで金融機関との手形取引もなかったところから、自己が職務上指導監督をしていた足立市場の仲卸業者である株式会社文松の専務取締役の江頭清昌に対して割引先を紹介してくれるよう依頼したこと、江頭はこれに応じて原告を自社の取引先である足立綜合信用組合に同道して融資の依頼をしたこと、同信用組合ではこれまで原告とは全く取引がなかったが、江頭が連帯保証をしたので、原告に同月一〇日付で額面三〇〇万円の同組合あての約束手形を振り出させて右同金額の手形貸付けをし、かつ、前記の約束手形三通を右融資の返済のために預ったことが認められ、この認定に反する証拠はない。原告は、江頭が保証人となったことは認識していなかったと主張し、原告本人はこれにそう供述をするが、信用することができない。

(二)  原告が、金融機関から融資を受けるにつき、その職務上指導監督をしている市場関係者に連帯保証をしてもらうという便宜供与を受けたことは、公務に対する住民及び市場関係者の信頼を著しく失墜させて職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となるものというべきであって、原告の行為は、地方公務員法三三条に違反し、同法二九条一項一号及び三号に該当するものといわなければならない。

4  処分理由(四)及び(五)について

(一)  原告が、昭和五〇年から昭和五二年までの間、足立市場の卸売業者あるいは仲卸業者と七回飲食を共にし、五回ゴルフを一緒にしたことは当事者間に争いがなく、また、(証拠略)によれば、その内訳は次のとおりであったことが認められる。

(1) 原告は、昭和五〇年から昭和五一年にかけて、職務上指導監督をしていた足立市場の仲卸業者平井産業株式会社の代表取締役平井晃から、三回にわたり足立市場近くのうなぎ屋及び六本木のクラブで、同人の負担によって飲食等の接待を受けた。

(2) 原告は、昭和五一年一二月一八日ころ、前記の卸売業者東京千住青果株式会社の部長である上橋英夫及び梅崎静夫から、「喜撰」という赤ちょうちん店で、同人らの負担によって飲食の接待を受けた。

(3) 原告は、昭和五一年春ころ、東京千住青果株式会社社長今吾一及び同社部長戸塚弘から、錦糸町にあるキャバレー「大興」で、同人らの負担によって飲食等の接待を受けた。

(4) 原告は、昭和五二年初めころ、職務上指導監督をしていた足立市場の売買参加者東部青果商業協同組合前理事長神田荘一郎の妻はる子から、足立市場近くのうなぎ屋「竹葉」で、同人の負担によって昼食の接待を受けた。

(5) 原告は、昭和五一年の春あるいは夏ころ、職務上指導監督をしていた足立市場の売買参加者千住青果物納品株式会社社長山形丞滋及び同丸興青果食品株式会社社長関根村平から、利根川パブリックゴルフ場で、同人らの負担によってゴルフ及び昼食の接待を受けた。

(6) 原告は、昭和五〇年から昭和五一年夏にかけて二回、前記東京千住青果株式会社野菜部次長神田比呂志及び前記関根村平から、梓カントリークラブで、同人らの負担によってゴルフの接待を受けた。

(7) 原告は、昭和五一年から昭和五二年にかけて二回、前記上橋英夫、江頭清昌及び山形丞滋から、鎌ケ谷カントリークラブで、同人らの負担(もっとも、原告は費用の一部として五、六千円を分担した。)によって、ゴルフの接待を受けた。

(二)  以上の事実によれば、公務員がその職務上指導監督すべき市場関係者と交際するに当っては、職務の公正な執行の確保とこれに対する住民及び市場関係者からの信頼を保持するよう配慮し、自らを規律すべきであるのに、原告は、安易に右関係者からその費用負担の下に飲食及びゴルフの接待を受けたのであって、その職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となる行為をしたというべきであって、地方公務員法三三条に違反し、同法二九条一項一号及び三号に該当するものといわなければならない。

原告は、これらの交際は、互いにおごり合う関係にあり、社交的儀礼の範囲内である旨主張するが、前記各証拠によれば、原告が飲食及びゴルフの際に自己の費用を負担したこともあったけれども、市場関係者の費用を原告が負担したことはないことが認められ、また、前記飲食及びゴルフの回数や原告の地位にかんがみると、原告の主張を容認することはできない。

5  以上認定した原告の非違行為の内容にかんがみると、前記2で述べたような事情を考慮してみても、なお、原告の行為は地方公務員法及び職務上の義務に違反し、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に相当し、地方公務員法二九条一項所定の懲戒処分の理由に該当し、その責任は重大であるといわなければならない。

三  原告が退職願を提出するに至る経緯と退職願の効力

1  (証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和五二年八月ころに原告が足立市場の関係者から借金をしているなどとの風説があって、伊東場長や榎本享司中央卸売市場庶務課長が原告から事情聴取をしたことがあったところ、更に原告が同年一〇月一九日から同月二一日までの間警視庁捜査第二課において収賄の容疑で任意の取調べを受けたので伊東場長は原告が警視庁での調べを終えた後に原告から事情を聴取してその結果を東京都総務局監察室に報告した。東京都総務局監察室ではこれを受けて、原告から同年一一月一六日、同月二四日及び同年一二月一五日の三回にわたり事情を聴取する一方、足立市場の伊東場長、秋山業務課長、木村隆主事、石田良雄、富田譲、谷川正宏らからも事情を聴取した。その結果、原告には服務規律違反の行為があることが判明するに至ったので、被告は、昭和五三年二月二日、原告を同月三日付けで懲戒免職処分にすることが相当であると決定し、あわせてその際、原告がその非を認めて退職の申し出をするならば、懲戒免職処分を行わずに辞職の承認をし、職員の退職手当に関する条例八条の規定に基づき退職手当額の減額支給をする旨決定した。

(二)  中央卸売市場管理部長石塚輝雄は、昭和五三年二月三日、東京都総務局から原告に前記(一)の処分が行われる旨決せられたとの連絡を受けたので、これを原告に告知し、退職の勧奨を行うために原告を中央卸売市場築地市場にある東京都中央卸売市場会議室へ出頭するよう命じた。そして、石塚部長は、総務局から原告に対する懲戒免職処分の発令通知書とその処分説明書及び本件処分の発令通知書を受領したうえ、右会議室へ臨んだ。

(三)  同日午後二時に原告が同会議室に出頭し、当局側からは石塚部長、中村健治足立市場長、榎本享司庶務係長及び稲垣一郎人事係長が出席し、これらの者は会議用の机をはさんで原告と向い合う形に着席した。そこで、石塚部長は、原告に対して、原告が監察室で事情聴取をされた事件について懲戒免職処分に処する旨の決定がされたこと、ただし、原告がその非を認めて退職を申し出るのであれば、懲戒免職処分を発令せずに退職の申し出を認める諭旨退職として扱い退職手当を減額して支給する旨伝え、懲戒免職よりは諭旨退職の方が利益であるので、退職願を提出することを勧めた。

これに対して原告は、自分が懲戒免職になるとは思っていなかった旨及び処分の理由を聞かせて欲しい旨述べたので、石塚部長は、懲戒免職処分であれば理由を告知するが、退職願を提出して諭旨退職となるのであれば理由はいえない、ただ、今回の措置は原告が総務局監察室から調査を受けた際に述べた原告の行為を総合しての結果である旨答えた。そこで、原告は、自己の進退を決するに当たり明日までの時間的猶予が欲しいとか妻や弁護士に電話をさせて欲しいとか述べたが、石塚部長は、原告に対する懲戒免職処分が二月三日付けでされることになっていることもあるので、原告に対し、本件のことは原告が公務員としてした行為に基づくものであるから自分の自由な意思でこの場で判断すべきである旨答え、また、被告が原告を直ちに懲戒免職処分にすることなく諭旨退職の余地を残したのは原告の将来を考慮したためである旨諭した。原告は、このようなやりとりのあと、諭旨退職の場合の退職手当額がどのくらいとなるのかとかこの件を争う場合にはどうなるのかなどの質問を発し、これに対して被告側の列席者が答えるなどした。

こうして午後三時すぎころに至り、原告は、退職願を書くことを承諾し、予め用意されていた書式に従い退職願を書き始め、その際再び時間的猶予が欲しいとか、書式中の「不始末」との文言を削りたいとか述べていたが、これを拒否されると書式に従い退職願を書き上げて署名押印し、これを石塚部長に提出した。

(四)  原告からこの退職願の提出を受けた石塚部長は、東京都総務局へその旨を報告した後、午後三時二〇分ころ、原告に対して本件処分の発令通知書を交付した。原告は、長い間大変お世話になり有り難うございましたと述べ深く頭を下げ通知書を受領し退席した。

(五)  原告が退職願を書くに至るまでの間に被告側出席者から原告を強迫するような言動はなく、これに対し原告も終始落ち着いた態度で応対しており、格別取り乱したりすることもなかったし、また、提出された退職願(甲第四号証)をみても、運筆の乱れもない。

2  原告は、右の退職願による退職の意思表示は、原告の自由な意思によるものではないから無効であると主張し、また強迫によるものであるから取り消し得べきものであると主張しているので、この点について判断をする。

前記認定のような原告の退職願提出に至る事実関係からすれば、原告は石塚部長から懲戒免職処分に処する旨の決定がされたが、原告がその非を認めて退職の申し出をすれば諭旨退職処分となる旨を告げられたのであって、このような通告を受けた原告としては、退職願を提出して諭旨退職処分を受けるか、退職願の提出を拒否して懲戒免職処分を受けるかの選択を迫られたものというべきであり、諭旨退職処分の方が懲戒免職処分より原告にとって有利な処分であることを考え合わせると、退職願を提出するか否かの選択の余地がある程度制約されていたことは否定できないであろう。しかし、このことは、直ちに原告の提出した退職願がその自由意思によるものでないということを意味するものではない。利害得失を考えれば退職願を提出することに傾きやすいということを意味するにすぎない。問題は、原告が退職願を提出するについて、意思の自由を妨げられるような外部的強制を受けたのかどうかということである。

前記認定のように、原告の非違行為は地方公務員法所定の懲戒処分の理由に該当し、その責任は重大であること、原告は退職願を書くことを承諾するまでの約一時間余りの間に、処分の理由、処分に対する争訟の可否及び退職手当額などの点について質問を発し、これらを判断の資料として自己の進退を決するよう努力していたこと、退職願を書く際には「不始末」との文言を削除するよう要求して自分なりに届出の文言について意を払っていたこと、石塚部長ら被告側の出席者から原告を強迫するような言動はなかったこと、本件処分の発令通知書を受領した際の原告の態度などに照らすと、本件退職願の提出による原告の退職の意思表示は原告の真意に基づかないものであるとか、強制されてしたものであると認めることはできない。

これに対して原告は、石塚部長は処分の理由の説明をせず、また判断のための時間的猶予を与えることや家族等へ連絡をすることすら拒否して、ひたすら退職願を書くことを強制した旨主張する。しかし、いわゆる諭旨退職は、懲戒免職を相当とするような非違行為があることを前提とする退職の勧奨によってされるものとはいえ、このような非違行為に対する懲戒処分ではなく、勧奨を受けた者がその非を認めて自ら退職の意思表示をし、任命権者がこれを承認するというものであるから、処分理由の告知をすることが諭旨退職をする際の要件ということはできないのであるし、また、本件においては、石塚部長が原告に対して、原告が監察室で調査を受けた際に述べた行為を総合勘案しての結果である旨説明していることからみて、原告においても処分の基礎とされた事実関係についてはこれを認識し得る状況にあったものと認められることを考えると、懲戒免職処分となった場合の処分理由を予め告知しないことが違法であるとか、又は原告の退職意思の形成に瑕疵を生ずるものとすることはできない。また、時間的猶予を与えられなかったことや家族等へ連絡することを拒否されたとの点については、原告に処分を告知した二月三日の時点で既に、退職願が提出されない場合には同日付けで原告に対する懲戒免職処分をすることとするとの決定がされていたのであるから、石塚部長としても原告が退職願を提出しない以上は即日懲戒免職処分を行わなければならない立場にあったこと、その上で、石塚部長は原告に対し、諭旨退職の方が原告にとって有利であり、退職願を提出するかどうかは公務員として原告が自ら判断すべきである旨諭しており、これに応じて原告も前記認定のようなやりとりを行った上で退職願を提出していることを考えると、原告により以上の時間的猶予等を与えなかったことをもって、原告に退職願の提出を強制したものということはできない。

他に原告の退職の意思表示が無効又は取り消し得べきものであることを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告の退職の意思表示に瑕疵があることを理由とする本件処分の違法の主張は失当である。

四  退職手当額減額の当否

原告は、懲戒免職処分に相当するような非違行為がないとして、本件処分のうち退職手当額を一〇〇分の六〇とする部分は違法であると主張している。

成立に争いのない(証拠略)によれば、昭和五三年二月当時の東京都の「職員の退職手当に関する条例」(昭和三一年条例第六五号)八条は、「職員が非違により勧しょうを受けて退職した場合においては、第五条の規定により計算した額の百分の四十以上百分の八十以下の額で、非違の程度に応じて、任命権者が知事と協議して定めた額をもって、その者の退職手当の額とする。」と規定していること、及び同条例五条は普通退職の場合の退職手当の額について定めていることが認められる。右の規定によれば、退職手当の額を普通退職の場合の一〇〇分の四〇以上一〇〇分の八〇以下に減額する要件は、職員が非違行為を犯したこと及び職員が非違行為を理由として勧奨を受けて退職したことの二点である。本件においては原告が非違行為を理由として勧奨を受けて退職したことについては当事者間に争いがないから、原告が非違行為を犯したかどうかが問題となる。そして、ここにいう非違行為としては、地方公務員法二九条一項所定の懲戒処分の理由に該当する事実であって、退職手当を減額して支給することを相当とする程度のものであることを要するのであるが、退職の勧奨は、当然のことながら退職を強制するものではなく、あくまでも退職の申し出をすることを勧めるにすぎないものであること、懲戒免職処分の場合には退職手当が支給されないこと(同条例一一条)を考えると、非違行為の程度は必ずしも懲戒免職処分に相当する程度のものであることまでをも必要とするものではなく、少なくともこれに準ずる程度のものをも含むものと解するのが相当である。

本件における原告の非違行為は前記二において認定したとおりであって、これが地方公務員法二九条一項所定の懲戒処分の理由に該当することは明らかであるし、その非違の程度は高く、懲戒免職処分とされてもやむを得ない程度か、少なくともこれに準ずる程度のものであるということができる。

そうすると、原告については前記条例八条の要件を満たすこととなり、かつ、被告が、原告の非違の程度を勘案して、退職手当額を百分の六〇とする旨決したことは、被告の処分に対する裁量の範囲内で合理的なものというべきであり、その裁量権の範囲を逸脱したことをうかがわせる事情も見当たらない。したがって、この点についての原告の主張もまた理由がない。

五  結論

よって、本件処分の違法をいう原告の主張はいずれも失当であって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 藤山雅行 裁判官 星野隆宏)

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